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はるねずみ
桜の花弁を頬に一枚、米粒のようにつけてバスを待つネズミがいたから、どうしたんだとついつい聞いてみた。どうも夏が来るから越すのだという。
「夏が来れば越すのか」
「そうさ。はるねずみだもの」
「春ネズミか」
どうも変だと思ったら春ネズミであったらしい。
常のネズミとは違って体躯は人一人分、日本語を話し、背には唐草模様の風呂敷を背負っている。ああ確かに言われてみれば最近はとみに蒸し暑く、日の照りかたもまさに夏だ。
「風呂敷の中は何だ」
「春だよ。はるねずみだもの」
言いながら春ネズミは風呂敷を解いて見せてくれる。桃、梅、桜の香、そして花弁。それらは初夏の風に乗り、やがて真っ青な空に舞い上がる。
「いいのか。大事なものじゃなかったのか」
どこかへいってしまった春を見上げながら春ネズミに問う。
「いいんだよ。春を散らすのもはるねずみの仕事だもの」
春ネズミはそれだけ言うと、私より一本早いバスに乗ってどこかへ消えてしまった。
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