二束三文
二束三文にもならんかったわ、と吐き捨てるように父は言った。そう、とだけ答えた私は自分の返事が冷たかったような気がして慌てて付け足した。
「残念やったね」
「そんなもんや」
本心を見せない父のわずかながらの哀悼が感じられて私はそれ以上何も言わなかった。実家に隣接する、祖父母のかつて住んでいた家は私が一人暮らしをしている間にあっさり消えていた。次の帰省では新たな家が建っていたから聞いてみたら土地ごと売ったのだという。
「植木はどないしようなあ」
庭を見つめて父は呟く。続きはあまり聞きたくなくて、その日は早めに切り上げることとした。
翌日の通勤路を自転車で行く。整理のつかない気持ちのまま蝉の声を通り抜けていると、解体工事に行き当たった。
いつも見かけていた古い家屋である。開け放たれた二階の窓から何もない部屋が丸見えだった。中にいる人はタンクトップにニッカポッカで、日焼けした肌に汗をたくさんかいていた。
黒い腕がハンマーを振るう。大きな音がする。壁材が剥がれる。二階から粉塵が舞う。
ずいぶん上手に壊すものだ。通りすぎながら懐古する。
幼い頃、忙しい両親の代わりに自分を育てたのは祖父母であった。よくあるいびつに円満な家族の中で、自分が心を許したのも祖父母だけであった。
——顔を見せてくれるだけでええよ、あと何回会えるかわからんから。
祖母はそう言ったけれど三文安育ちの私は納得できず、記念日は欠かさず何かあげることだけを考えた。感謝は物でしか表せられないのだと、幼い自分は思い込んでいた。
結局生前にできた恩返しはその程度で、人並みに多少持っていた、花嫁姿を見せる夢も、祖父母が亡くなった瞬間消え失せた。
二人が自分にとっての両親だったと、亡くなってから思う。
信号が赤になる。蝉の声の中、父の言葉が甦る。
「植木はどないしようなあ」
実家の庭にある植木は祖父母が植えたもので幼い自分の遊び場でもあった。
「……置いといてくれへんかな」
それは私の両親の思い出なのだから。
父には言えなかった言葉を赤信号に向かって呟く。青に変わる。うるさい蝉の中、もう一度自転車をこぎ始める。
二束三文の思い出は、きっと次の帰省の頃には全てきれいになくなっているだろう。