星喰う人
星喰う人がいる。夜空に突き刺さるようにして立つ大男で、文字通り星が寿命を迎える頃に現れてバリバリと星を食ってしまう。咀嚼音は世界に鳴り響き、星の破片はやがて隕石彗星としてまれに地球に降り注ぐ。昼にはうっすらとして姿は見えない。夜にだけその足をぼんやりと確認できる大入道だ。
「星の味はうまいかー」
ある夜のこと。独り暮らしを始めたばかりの男が窓から身を乗り出して星喰う人にそう尋ねたことがある。何も返事を期待したわけじゃない。当然声は真っ暗な住宅街に響くばかり、さぞ不審だったろう。あの大入道はただ真っ黒なシルエットのようで顔は見えないし、どの国に足元があるのかすらわからない。そも声など届くわけがないのだ。
「おれにも食わせてくれないかー」
それでも男は聞いた。憧れでもあったからだ。この男は人よりよく食べた。だから星なんていったいどんな味がするのかと憧れていた。飴なのか宝石なのか、見ようによればアイスキャンディーにも見える星を、喰える人が羨ましかったのだ。だから独り暮らしを始めた暁に、家族全員が厳命した「問いかけてはならぬ」という掟を破って声を掛けた。
「ありがとう」
「え?」
男は無論、戯れとして終わらせるつもりだった。きっと返事などなく、ただ声をかけたこちらが満足し、掟を破ってやったぜと独り暮らしの祝福を味わうことになるだろうと、ほんのそれだけのつもりだった。好奇心だった。
「共に星を喰う人をずっと探していたのだ」
声は世界中に響き渡ったのだろう。住宅街のあちこち、消灯されていたはずの暗い窓に次々灯りが点るのを見てようやく男は自分のしたことを理解した。耳に膜が張ったような耳鳴りの後、背筋がぞわと粟立ち、身体中のねじ曲がるような苦痛に意識を失った。どれだけ目を閉じていたかわからないが、ともかくある時ふっと意識が軽くなって、目を開けた。
「ああ何千年。家族を探していた。食卓を共にする者を探していた」
気づけば宇宙だった。いや男は正確に宇宙の景色をすべて知るわけではないが、それでも周囲は「宇宙」としか言い現せられなかった。果たして自分はSF映画でも見ているのか。目の前に広がるのは真っ暗な夜空とキラキラ光る星々、そして足元には真っ青な飴玉。衛星写真で幾度となく見た、地球という名の飴玉。
「では食事を始めよう」
目の前にいる真っ黒な大入道が、こちらを見て笑った気がした。