202107twitterお題まとめ
◆3つの単語お題ったー(https://shindanmaker.com/772443)からいただいたお題の掌編まとめです。
「スーツ」「夏祭り」「深海」
夏祭りの後はいつも海へ潜る。遠ざかるお囃子をバックに深く深く潜っていくのは良いものだ。喧騒の中で得た熱もかいた汗も少しずつ引いていくような気がする。
「いらっしゃい」
月明かりも届かないところまで深く潜ればいつも迎えてくれる人がいる。迎えはずっと、息の続かないぎりぎりの深さ。彼は自分を人魚だと言うが、スーツを着た人魚があるだろうか。しかしそれを問うと「浴衣で深海へ潜る人間もなかなかいないよ」と笑われる。
「音に聞く金魚の様だ」、照れくさい言葉をあっさり吐くと彼は私の手を取り夜の海を一緒に漂ってくれる。月も星も届かないのにほんのり明るくて、クラゲなんかはきらきらしていて綺麗なのだ。
「じゃあまた来年」
「ええ」
海から上がると夜明け前。いつも海岸まで送ってくれるが、不思議なことに浴衣はちっとも濡れてない。
「また来年」
遠くで合図のような水しぶきが上がる。夏祭りの日だけの特別な恋人である。
「月光」「骨」「不老不死」
月明かりの中で声が響く。
「不老不死を信じていたんじゃよ」
「そうか」
旅人は頷いた。まだ街の見えない草原の半ばで人の声がすることは、恐ろしいよりもむしろ安堵を与えてくれる。旅人は草を枕に寝転がった。月と星とがよく見える。
正体のない声は話を続ける。
「しかしそれは魂だけの話だった」
「だろうな。そんなうまい話もない」
「旅人よ、急ぐのならば悪魔の声に気を付けよ。決して耳を貸してはならん」
かしゃんと、何か乾いた物同士のぶつかる音。
「忠告感謝しよう」
穏やかな声を最後に旅人は眠りについた。
翌朝、枕元を見れば何かが落ちている。昨日の彼だろう。埋まっていたのかもしれない。
「旅人よ。気をつけてお行き」
太陽の光を受けた人骨の辺りから声がした。
「銀世界」「詩」「秋」
秋の国に降った雪は瞬く間に人々を熱狂させた。
何も雪が珍しいのではない。秋の国でも稀に雪のちらつくことはある。しかし国土を覆いつくさんばかりに降った雪は一夜にして国のありようを変えてしまった。
芸術に長けた秋の国の人々は、初めその銀世界の美しさを絵に称え、詩に称え、文学に称えた。彼らは疎かったのだ。豊穣の国は、雪国の美しさを絵の上、文字の上では知っていても実際の厳しさを知ることはかつてなかったのである。だから産業である黄金の稲穂の消え去ることも、自慢である紅葉の美しさの枯れてしまうことも、気づいたころには遅かった。雪はすっかり秋の国を変えてしまったのだ。
溶けぬ万年雪の上でようやく彼らが何とか生活をしだした頃、人口は半分に減ってしまっていた。
「この悲劇を芸術に残そう」
そう言いだした若者がいた。
「絵に残そう。文学に残そう。我らには受け継いだ筆がある」
初め、若者の言葉は、既に心の凍りついてしまった秋の国の人々には届かなかった。冷眼を受け、嘲笑を受けた。もはやかつての秋の国のような芸術の心を彼らは失ってしまっていた。日々の生活で精一杯。秋の国に今や芸術はなかった。
しかし若者は諦めなかった。かつての稲穂を取り戻せるはずだと信じてやまなかった。芸術の心を信じていた。その内、一人、一人と若者の元に筆を持つ者が集まり始めた。若者は言った。
「我らはかつて筆により国を失った。ならば再び、筆により国を興そうではないか。我らは秋の国の者。芸術の、創作の国の者である。一度筆を折った者も、再び筆を持てるはずなのだから」
いつしか若者の言葉に賛同するものは大勢を占め、秋の国はまたかつてのように隆盛を取り戻したということである。
「毒」「透明」「骨」
透き通った髑髏に美酒を注ぐ。本当は何が入っているかなど十二分に分かっているのだろうその人はしかし怯むことなく、髑髏の杯をしげしげ眺めてにっこり笑った。
「あなたも損な役割ね」
自分のことかと問うこともなく男は仁王立ちのまま杯を勧める。その様子がおかしかったのか、静かで素朴な部屋にからからと笑い声が響いた。
「あなたよ、あなた。聞こえないの? お名前は何と仰るの」
男はぐっと答えに詰まり、ふいと横を向く。
かつて美姫と称えられ、今や魔女と謗られる彼女は美しい色の丸い瞳で、男をまっすぐ見つめている。変わらない美しさだ。
(名すら——)
街娘が王に見初められたまではよかった。許嫁との別離は悲劇として、王に見初められたのは美談として民衆の心をかっさらった。凛とした彼女はそれを許す美しさと無邪気さを持っていた。
しかし不義の子を王の子とし、権勢を思うがままあやつっては贅を尽くして遊び呆け、王亡き後も権力の座に居座ったのがいけなかった。代替わりした不義の王。彼の怪しい政治で国はとうとう傾いた。
「……一介の、処刑人でございます」
少女のように無邪気な瞳に根負けし、目を逸らしながらも男は答える。そしてはっと気を取り直したように、髑髏の杯を再び勧めた。
「王妃様。お話しする時間はありません。さあ」
「冷たいのね」
「……ええ」
古来から伝わる王族の処刑方法らしい。男もたくさん調べてようやく知った。この杯も毒もそして彼女も、やっとのことでここまで連れてこられた。
彼女をせめて王族として終わらせるために。
放埒でありながら賢い彼女はそれを知っている。ただ男が誰かを忘れているだけだ。
「でもとても優しい人だわ。だって革命なのでしょう」
「……もう、お時間です」
「つれない人。……ありがとう、最初で最後の、私の恋人」
「あなたは……!」
美しい所作で毒を呷る。杯には彼女の、かつての許嫁の倒れる姿が映っていた。
「魔女を殺せ!」
「火炙りにしろ!」
「斬り殺せ!」
傾国の魔女を弑さんとする革命の民衆。
「……あ?」
民衆が絶世の美女の眠るような死体を見つけた時、傍らには一人の男の死体が転がっていたということである。