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蛇博士

 B君はいつだか、A博士が何故蛇のような見た目になったのかを本人から聞いたことがあった。
 逆説的に言えば、かつては今の、蛇のような見た目ではなかったということなのであるが、不思議なことにかの博士の幼い頃を知る人も写真もなく、本当かどうかはB君にはわからない。
 ただA博士が自らはかつて美青年であったことを主張するのを聞き流すのみである。
 曰く、人を人でないと思い始めたら、ついぞ自らが人でなしになったのだという。
「だってそうではないかねB君。自らの主張を曲げ、自らの感情を曲げ、自らの真の表情を曲げて笑みだけをひたすらに貼りつけ耳障りの良い虚言を吐き続ける彼らは、果たして人と言えるのかね。人形ではないのかね」
「はあ」
「私はついぞこの姿になるまで、人を人として認識できなかった。人の表情を顔として認識できなかった。人の姿を人の歩いているのだと認識できなかったのである」
「……」
「私は私のありのまま生き、思っていることを素直に口に出し、弁論し、戦った。言葉、言葉、言葉である。言葉を連ね続けたのである。そうして言葉でとぐろを巻いていたら、ある日、B君、きみ、驚きだよ。目はつり上がり舌の先は長く伸びて割れ、今の私になったのだ。思うに口を酷使したことが原因と思う。君はどう考えるかね――」
「……」
 B君が返す言葉に窮したのは、A博士の話の真偽を疑うためではなかった。事実であるなら彼は人が人でなくなった姿だと言うのに、あまりにも平然としており、いっそ楽しそうな色すらその細い瞳に浮かべていたからである。
 語られた出来事をどう受け止めるべきなのか、B君が窮しているのを思案していると取ったらしく、A博士の演説は続く。
「よかろうB君。大いに考えたまえよ。考え、想いを素直に言葉に出すべきである。さすれば私のように、やがて言葉が屁理屈となり、そしていずれは学問たりえるのである」
 心から嬉しそうに豪快に笑い、A博士は自室へと戻っていった。きっと自室では日夜思考を言語を巡らせて、自らの言葉を屁理屈学へと昇華しているのであろう。
 B君は、その、細身の背中を見送りつつ、A博士の素直理論に反して密かに、密かに賞賛を送ったのが、果たしていつの出来事であったかを考えていた。 

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