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歯車を売る男

 いらっしゃいませ。ようこそ当店へ。……おや、どうされました。は、迷われた。ははは。そうでしょうそうでしょう。これだけ種々様々の歯車があればお迷いにもなりますな。
 え、違う。迷いびと。そうでございましたか。え、この店でございますか。はあ、見ての通りの歯車屋でございますよ。専門店? まあそうでございましょうなあ。
 「運命の歯車」ってお聞きになったことがございますでしょう。最近はあちらこちらで矢鱈目鱈に回り出すものですからな。こうして商売にもなるもんで。競合店に「新しい扉」屋というのがありまして、あちらもなかなか大変なようですよ。
 ……おひとつ買われる。まあま、さようでございますか。ありがとうございます。どれになさいますか。大小様々、金色も銀色も、銅もステンレスもございますよ。

 おや。その螺鈿細工の歯車がお気に召しましたか。え、お代は結構でございます。私どもは歯車を差し上げるが仕事、お客様は歯車を選び運命を決めるのが仕事。ああ無論、返品はできかねますよ。運命の返品なんてあったもんじゃない。
 どんな運命が待っているのかって。はは、自らの運命を知っている者などおらんでしょう。そういうことでございますよ。しかしあなたは確かにその螺鈿細工を選びとり、あなたの運命をお決めになった。つまりはそういうことでございますよ。ああ、閉店のお時間だ。回れ右をしてまっすぐお進みなさい。きっとこの夢から覚められることでしょう。
 ではまたいずれお会いしましょう。お買い上げ、どうもありがとうございました。

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