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ウチュウネコショテン​

 黒猫のやっている古書店がある。比喩でもなく四つ足に黒い毛並みの、本物の猫が店主で、意外とちゃんとやっている。
「いらっしゃい」
「こんばんは。お勧めはありますか」
「今日はエポロジー星の旅行者が売りに来た子供向けの絵本がある」
「ではそれを」
 一応地名に「市」がついているだけのような、川沿いの田舎。駅近くのシャッター街のそのまた奥にひっそりとあるのが、店名ももうハゲかけた黒猫の古書店だ。何でも飼い主であったお爺さんが年齢に伴って店を閉めようとしていたのを、この猫がそのままもらい受けたのだという。僕はこの店の文字通り宇宙的な品揃えが大好きで、昔からよく通っていた。
 店内は雑然としていて、本の詰まった背の高い棚がぎゅうぎゅうに並んでいる。奥の方なんてもう知識の平積みって感じで、かろうじて棚に載っているだけの本なんかもある。猫は綺麗好きなはずなんだけど、そこは地球の本ばかりだし飼い主さんのいたころからそうだから変えたくないそうだ。
 冬も近い夜で、店内はガンガンに暖房が効いていた。古本屋特有のしんとした空気の中ヒーターの音だけが響いている。どうやって暖房点けてるんだろう。お願いした本を器用に咥えてカウンターまで運んでくる店主の黒猫に聞いてみる。
「あなたは猫又ってやつなんですか」
「違うさ。尻尾も分かれてないだろう」
 じゃあ何で喋れて店番もできるんだろう。もう少し聞きたくて、いつものお礼にと代金と一緒に猫缶も出してみる。彼は会計を済ませながら機嫌よく話してくれた。
「猫は元々宇宙中にいるのさ。まあ大抵どこでも可愛がってもらえる。知的生命体は癒しを求めるからな。そして宇宙に散らばった猫同士集会を開いて、情報交換をしてるんだ。話せたって店番ができたって不思議じゃない」
 ほら、宇宙猫っていうインターネットミームがあるだろうとつまらない冗談を言って店主はにゃあと鳴く。いらっしゃいませ、らしい。どうやらもう一人お客が来たようだ。欲しい答えと全然かみ合っていないけれど、お話はここで終わらせなければ。
「毎度」
 店主の言葉を背後に店を出る。木枯らしの吹くシャッター街にマフラーをもう一度ぎゅっと巻き直し、店の壁に凭れかけて買ったばかりの本を少し覗いてみた。絵本の割に文庫サイズなのが気になるけど。宇宙猫のお勧めだけある。僕の勉強不足なのか、書かれている言葉はどこの星のものかなんて全くわからない。素晴らしいことだ。それでも絵なら少しはわかる。きっとこの幾何学模様の組み合わせが親子なのだ。そして親らしき大きな三角の下には、猫とわかる絵が描かれていた。
 気づけば夢中でペラペラ捲っていたが、絵は途中で文庫本から宙に浮かび上がると立体映像に変わった。飛び出す絵本のようなものなのかもしれない。どういうストーリー展開があったのか、目の前に流れているのはやっぱり猫の映像。
「本当に宇宙中にいるのかな」
 果たして猫の言葉は本当なのか、気まぐれのホラなのか。勉強不足の僕に判断しようはないけれど。しかし喋る猫がいるくらいなんだ、何があったって不思議じゃない。宇宙中に猫がいたって良いだろうし、僕が本当は異星人だって良いだろう。
「宇宙は広いなあ」
 僕も寒さに弱い種族だから、もう帰らないと。
 どうやら僕と同じ感性の客は結構いるようで、宇宙猫の店はかなり繁盛しているらしい。

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