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第二話 さがしもの

 ゆっくり考えてほしいと言った割に彼らは日を置かずにやってきた。
「近くまで寄ったものでご挨拶に」
「目立たない?」
 土曜日の昼間である。母は昼食の後片付けをしていたので清香が来客ベルに出たのだ。そうすると玄関にはにっこり笑った眼鏡と無表情ながらおっとり挨拶してくれる青年が二人立っていた。正直言って目立つ外見である。
 無論、初めて会った日のようにさすがにローブや甲冑ではないが、それでも銀髪青目と茶髪赤目である。
 いやまあそれも言うなれば本来の色だし、コンタクトなんかをこの二人が手に入れるのも難しかろうからまだいい。しかし二人そろって文字の書かれたシャツを着ており、レイのシャツには「魔導士」ルウスは「騎士」と書いてある。いや自己主張しなくても知ってるし。知ってるのに何でこんな自己主張激しいんだ。
 自己主張の激しい魔導士が笑った。
「挨拶と身分証だけしっかりしてれば問題ないですよ。それにほら」
「……かめら、だ」
 ルウスの手にあるのはも八ミリビデオカメラだ。とは言え、清香ももはや漫画や小説などでしか知らない。何のためのものなのだろう、用途を思い出しながら清香は問うてみる。
「え。運動会か何か?」
「そうじゃありません。この国って、動画投稿者のフリさえしていれば大概のトンチキな恰好や髪の目の色は許してもらえるんですよ。簡単だったのでチャンネルも作りました。登録者千人達成しましたよ」
「マジで何してんの、本当に何してるの」
 滅びかけた祖国を救うためだとあれだけ真剣に話していたはずの二人の様子に清香は少々頭痛がしていた。時間の流れが違うから、十分に時間はあるのだと聞いた。確かに聞いた、聞きはしたがレイは随分嬉しそうである。ルウスは困っているのかどうなのか清香の方をじっと見ている。戸惑っているようにも見えたので、清香も何となく苦笑を返した。
(何だろう)
 いつもレイばかりが話している印象があるが、そう言えばこの人も不思議だ。やはり騎士感ならぬ既視感がある。懐かしくすら感じるのは、先日話した前世の影響なのだろうか。
 レイは清香の様子に構わず話を続ける。
「何してんのって、チャンネルの内容ですか? 異世界から逆転移してきたという設定で日本文化を紹介しています」
「へえ。……いやそうじゃないし聞いてないわ」
「ふふふ。そんな傍らやってるのは、兄とその恋人探しです」
 声音が少しだけ変わったのが清香にも分って少しほっとした。
 傍ら、と言ったがどうやらそっちが二人の本来の目的のようだ。そういえば先日、こちらに来たのは数人だという話をしていたような気もする。
(二人で探しているのかな……)
 清香は考える。町どころかこの世界に不慣れであるだろう二人で人探しをするのは、少々無謀ではなかろうか。いや、この恰好を見るにこの国の特色を掴んでいるからいいのか、いやそれはそれでよくないのか。
 手伝いを申し出るべきか悩んで聞いてみようとしたところで、スリッパのパタパタという音がして続けて「まあまあまあ!」と聞き慣れた声がした。
 しまった。この声は母だ。友人としてごまかすには少々パンチが効きすぎている。
「清香。何を立ち話しているの、上がってもらいなさい」
「お、お母さん……」
 案の定、母は奇妙な二人を見て驚いた顔をしている。どう言ったものだろう、通りすがりの動画投稿者です?いくらのんびり屋の巽家母でも受け入れてもらえるものだろうか。
 清香がどうにかごまかそうとする前にレイが礼儀正しく頭を下げた。ルウスも続いて会釈する。
「お邪魔してますー」
「お、じゃま、してます……」
「あらあ、遊びに来てくれたんですねえ! ルウスさん少し日本語お上手になったんじゃないですか」
(……うん?)
「……」
 ルウスは無表情のままではあるがぺこともう一度頭を下げた。
 場が穏やかになったところで清香は静かに問いかける。
「待って。お母さん、二人と知り合いなの?」
「この間もいらっしゃったじゃない。何を驚いているの?」
 質問に質問で返される。この間って何だ、もしかして前回のいきなりの登場の話だろうか。
 ちらりと視線を送っても、レイからは含みのある笑みが返ってくるばかりだった。この自己主張激しい魔導士、何をどうやって説明したのだろう。
 結局母に押し切られる形で、二人を清香宅に上げることになった。

「すみません。近くまで来たので本当にただ立ち寄っただけだったのですが……」
 レイが申し訳なさそうに頭を下げる。今日は清香の部屋ではなくキッチンとは廊下を挟んだ客間に案内した。
 ルウスは畳敷きに慣れないらしく少し困っていたが、レイは対照的にあっさり胡坐をかいたので清香は面食らった。
「昔こっちの世界住んでたの?」
「住んではいませんけど、覗いてましたよ。お二方の成長を見守っていました」
「ストーカー」
「……すと……?」
 睦実がぼそっと言い、ルウスが首を傾げる。土曜日ということもあり暇だったらしく、睦実は連絡するとすぐにやってきてくれたが、あまり彼らにいい印象はないらしい。
 レイはにこにこ笑って答える。
「こっちの言葉で変質者の意味と、後を追いかける人を揶揄して言う意味がありますよ。ルウス、後者の意味と取っておきましょう。……まあ今も探し人の痕跡追ってるので前者でもいいかもしれませんが」
「あ、そうだ。あの、人探し私も手伝いましょうか」
「おや、良いんですか」
 清香の問いに、レイは嬉しそうに顔を輝かせたが、一方で睦実は目を剥いて驚いていた。
 驚く睦実に、異世界の人たちがたった二人の人間をやみくもに探したって仕方ないだろうと言おうとしたが、その前に首を振られてしまった。
「清香、決めてからじゃないとダメだと思うよ」
「僕たちは人手が欲しいから、どちらでもうれしいですよ」
「お兄さん、分かってて言ってるでしょ。……そうやってこの人たちを手伝っている内に断り切れなくなる可能性あるけど」
 睦実の真剣な表情に、清香も腕を組んで考えてみる。
 確かに睦実の言う通りなのだ。このまま仲良くなって、気持ちも定まらないままに断れないような状態になってしまうかもしれない。実際清香自身、、この二人組に嫌な感情は抱いていないからその可能性は高い。俯いて考えていた清香が目を上げると、ルウスの瞳とかち合った。
 でももしそうなって、考える時間が欲しいと言えばこの人たちは聞いてくれるんじゃないだろうか。だって、言い方や態度こそふざけたりはしているが、国の一大事に自分たちを連れ去ることはせずしっかりすべてを説明して考えてから決めてくれと選択肢をくれるような人たちなのだから。
 きっと大丈夫だろうと思ったので清香は頷いた。
「私は手伝う。この人たち、無理やりに自分たちの世界に連れ去ったりしなかったし、信頼できると思うよ」
「お人よし」
「ええ、お人よしですね」
「……私、も、言った方がいい、のか?」
「ルウスさんにまで言われたら立ち直れないのでやめてほしいです」
「わかった」
 しっかり考えて伝えたはずなのだが、全員からお人よしの烙印を押され清香は頭を抱える。何故だ。
 清香の様子にレイはふっと笑い頭を下げた。
「でも、ありがとうございます。正直、見つからなければ配信上で目撃情報呼びかけようかと思う程難儀していましたから」
「この人たち何してるの?」
「私が知りたい」
 首を振る清香に睦実は苦笑し、「特徴とかは?」とレイに聞く。名乗りこそ挙げなかったが、睦実も人探しを手伝ってくれるようだ。
 レイもそのことに驚いたらしく、いいんですかと聞きながらも教えてくれた。
「一人は金髪碧眼の男性、僕の兄です。以前の名は「朱」。もう一人は赤髪黒目の女性、以前の名は「マリー」。兄の恋人でした。あなた方と同じ時期に転生しましたので、二人ともあなた方と同い年、場所も恐らくこの辺りのはずなのですが……、クラスにいらっしゃいませんか」
「あいにく……」
 清香は首を傾げる。そんなに目立った外見ならクラスどころか学年、学校中で目立つだろう。しかし全校集会で派手な頭を見かけたことはない。睦実の学校も同じらしい。
「そもそも、そんなにはっきり目や髪の色が現れるものなの」
「ええ。まさに睦実さんがそうですね。目の色、髪の色だけでなくお顔立ちもどことなく、前世の宰相にそっくりです」
「そうなんだ。……いらねえわその情報」
 睦実の言葉に険がある。清香はその様子で彼がやたら二人に突っかかる理由を察した。睦実が一番苦労している青い髪と目が、前世の自分が転生したことによるものだからということなのだろう。二人に怒っても仕方ないが、どうしようもないのかもしれない。
 ルウスが不思議そうな様子で睦実を見つめているので清香は「まあ色々しんどいこともありまして」と勝手ながら補足した。はっと気づいたようにルウスは問う。
「睦実も、閉じ込め、られて、いたのか?」
「いや、別に閉じ込められては」
 睦実も驚いたようにそれだけ言って口ごもる。そして「まあ似たようなものかも」とだけ付け加えた。清香もルウスさんどこかに閉じ込められてたんですかと聞きそうになったが、その瞳が同族を見つめるかのような一種の哀切を帯びていたので、軽々しく聞けずにそのまま押し黙った。表情の意図も彼の過去も聞けば簡単に教えてくれるだろうが、まだ会って間もない人に聞くことでもないだろう。
 清香は話題を変えようと自分の髪を摘まんでみせる。
「そっかあ。私前世からこういう色なんだね。黒髪黒目」
「いやそれが、僕たちも驚いているんですけど……。清香さんは本来青い目のはずなんですが……、どこ置いてこられました?」
「ねえレイさんもしかして私前世の王女じゃないんじゃないの……、睦実はともかく」
「ああ、金髪碧眼、いたわ」
 清香が一抹の不安を感じ始めているときに、睦実の方では何やら思い出したらしくはっと顔を上げた。どうやら今までずっと心当たりがないか考えていたらしい。何だかんだ人探ししてくれているのは睦実の方なのかもしれない。
「学外で女の子なんだけど大丈夫かな」
「学外に金髪碧眼少女の知り合いがいるの……?」
「俺すごいでしょ」
 ドヤ顔で胸を張る睦実に清香は先ほどまで確かに沸き上がってきていた感心を打ち消した。
 睦実いわく、その少女は清香らと同じくらいの年頃で、話したことはないが近所の神社でよく手伝いをしておりそこそこ有名なのだという。

 性別も違うし該当するかは分からないが、とかくも一度、明日の日曜日にでも尋ねてみようという話で解散となり、結局清香の母とレイの面識については聞けずじまいであった。

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