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初秋
晩夏と言うには遅すぎて、初秋と言うには気の早い、空にわずかの夏色の残る昼。気の進まぬ久々の帰省を急ぐ道に、生ぬるい風を伴って、真っ赤な鳥居が現れた。
辺りで子供のはしゃぐ声。オカルトめいたこととは不釣り合いのようなアスファルトの上に唐突に、前からそこにありでもしたかのように鳥居はたたずんでいる。社殿があるでもない、賽銭箱が置かれているでもない、ただ鳥居だけが、道すがらに立っている。
「入らないの?」
聞き覚えのある声に問いかけられる。何となく、幼い頃の自分の声に似ている気がした。躊躇して空を仰ぐ。いまだ夏色の残る空、しかし吹く風は明らかに夏とは違ってわずかの涼しさを含んでいる。
「もう季節じゃないからね」
やがて静かにそれだけ答えた。唐突に現れた異界の入り口に微笑みだけくれて、元の道を歩き出す。非現実的なことは嫌いではない。いつか自分に巡ってこないかと、物語を読んではワクワクした。しかし、そうだ。夏というにはもう季節が遅い。初秋なのだ。非現実に触れるにも、もう季節が遅い。三十も半ばになったのだ。
「そう。さようなら」
幼い頃の自分の声はひどくあっさりと別れを告げる。今度は答えない。
気の進まぬ帰省の道を歩きながら、私は確かに秋風の通りすぎるのを感じ、一度だけ振り返った。そこにはもう、鳥居はない。
「これでいい」
僅かながらの未練を残し、日傘のなかで小さく呟く。
遠慮も知らず飛び交う秋茜が、田舎の道を先導していた。
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