洗濯物
風雨の過ぎた日のことであった。自分でも何を思ったか、洗濯物を出したままであったことを仕事の帰りに思い出したはずだと言うのに、家につけばくたくたで寝入ってしまった。
「あ」
翌日の快晴にベランダの下を覗けば、やはり階下の洗濯物に紛れるようにして自分の家の洗濯物がひっかかっている。
階下の住人とは話したこともないけれど、今のままでは迷惑であろうと出かけた。
「いいえ、知りません」
「え、あの……」
「知りません。お引き取りください」
至極丁寧に、インターホン越しに挨拶をしたはずだった。「上の階のものです。誠に申し訳ないのですが、うちの洗濯物がお邪魔してはいませんでしょうか」。
幾ばくか交えたユーモアが気にくわなかったろうか、住人はドアを開けることもなく言下に断られてしまった。諦めるか。高いものではない。
しかし他人の家に自分の下着があると言うのも気が引ける。
「おや」
ガチャリと音。確かに断られたはずであったが、ドアは鍵が掛かるどころか却って開き、まるで招き入れるようでもあった。
もしかすると今ようやく洗濯物の存在に気づかれたのかもしれない。
「お邪魔します。いやあ、すみませんね……」
無言。どうやら誰も居ない。しかし玄関からまっすぐ視線をやれば、自分の家と全く同じくベランダが見える。
カーテンも何もかかっていない窓の向こう、真っ青な空の下に洗濯物がはためいている。それは自分の部屋から覗き込んだ様子と変わらない。ただ一つ気づいたことといえば、この部屋のベランダに干されている洗濯物も、自分の部屋のものと全く同じであるということだ。
「ありがとうございました」
答えはない。先までの人はどこへ消えたろうと訝りながらもお辞儀をして部屋を出る。二三歩遠のけば、鍵の閉まるらしい音がした。
後日大家に聞いてみれば、階下の部屋もお前が借りているだろうと大笑いされた。