top of page

​妖怪江戸散歩 唐笠お化け恋の道行き

 大通りに荷物を持った妖怪が二匹。唐助の荷物を千代が少し手伝ったのだ。唐助の大きな一つ目を知っている者は多いようで「楽しみにしてるよ」など声をかけたり「唐助だ」と遠巻きに見守ったりしている。流石は有名人だ。唐助も時には声援に応えにこにこ笑っている。付喪神の生まれた性か、人に注目されるのは全く苦ではないようだった。
 人にこれだけ注目され笑顔を向けられているのだからいつか思いを告げるときもうまくいくんじゃないか。年頃の千代が人と妖怪のラブロマンスに想いを馳せていると張りのある大声が響いた。
「さあさあ皆様お立ち会い、生まれはこの国、由来は唐国、付喪になって三十年、唐笠お化けの唐助たあ俺のこと!」
 あんまり近くても悪かろうと千代は遠くから彼を見守ることにした。威勢のいい掛け声がかかる。 
「よっ、待ってました」
「おっちゃんいつもありがとうね!」
「感謝してくんな!」
「ありがとよ! そこの娘さんもいつもありがとう!」
 千代の視界にはやはり唐助の美しき想い人、本当にいつも見に来ているのだろう。声をかけられて驚いたのだろうが嫌な顔もせず手を振り返している。女性の隣に立つのは昨日の手代風の男だ。
(ん?)
 男の風体は昨日と変わってはいないはずだが表情がどことなく険しいようだ。連れの女性に話しかけられたのが嫌だったのだろうか。それにしても、彼の纏う空気が妙なようにも感じていた。
「いいぞ唐助!」
「町一番!」
 気づけばやんややんやと大喝采。高い空にはお手玉が、美しい毬が、果ては枡が舞い、唐助はいつものように頭とも体ともつかぬ傘で受け止め器用にくるくる回して見せる。道行く子供は母の手を止め足を止め、群衆はどんどん膨れていく。
「実は唐助今日は特別、いつも来てくださる皆様へ感謝の心を込めて!」
 唐助は一等高く青い空へ毬を蹴りあげる。続けざまその大きな口から吹かれる針。すると、ぱんと軽い破裂音がして毬が割れた。
「わあ……」
 青い空からは秋色の紙吹雪。赤に黄色に枯葉色、まるで木葉でも舞い降りるようなさまに歓声が沸く。
 唐助の声が青空に響いた。
「いつも来てくださってる皆さまへ唐助の特別だ! さあ、美しい毬の贈り物もあるぜ、早い者勝ち!」
 そう言いながらも毬は常連客の男性と、想い人の娘のところへ飛んでいく。粋なホウライ町の観衆はそれがわかっているのか空を仰ぎはすれど取りに行くことはないようだ。「常連」がだれか分かっているらしい。秋の空の色をした毬は男が取り、真っ赤な毬は娘のもとへ――。
「お嬢さん。やめなさい、妖怪の贈り物など」
 やけにはっきりした声が千代の耳に届いた。見ると、手代らしき男性が汚らわしいものを見るような目で、毬を受け取ろうとした女性の手を掴んでいる。唐助はまだ芸を披露し続けているが、聞こえたのかもしれない。ほんの一瞬、唐助の表情に陰りが見えた。すぐ笑顔に転じたが、千代には良く分った。
 真っ赤な毬は誰にも受け取られることなく地面に落ちて少し弾む。他の客にもそれが見えていたらしくひそひそとした声が千代の耳に届いた。
「ああ、勢田屋の……、嫁入り前に妖怪に憑かれたくないもの、気持ちはわかるわ」
「見世物だけならいいんだけどね……、贈り物は怖いわ」
「お嬢さんは世間知らずに来てるけど……、ねえ」
(え?)
 千代はその言葉に少なからず驚いた。妖怪を嫌う言葉に驚いたのではない。共存を謳う世の中でも嫌がる人が一定数いるのは知っている。しかし唐助の人気ぶりや、表立って石を投げる人がいないのもまた知っている。
 だから、妖怪嫌いの人はそもそもこんなところに来ないと考えていた。だから少なくとも唐助を見に来て、応援の言葉を投げかけている人の中から、そんな言葉が出てきたのに驚いたのだ。
 ――やっぱりねえ、人間には人間ですよ。こうしていくら、妖怪の大手を振って歩ける時代だと言ってもね。
 唐助の言葉が蘇る。彼は分かっていたのだろう。知っていたのだ。
 でもそれでも千代の言葉で元気づいたと言っていた。中身が一緒ならどっちを選んだっていいはずだという、現実を知らぬ千代のこましゃくれた言葉で勇気づいてくれた。
(悔しい)
 せっかく、唐助ががんばろうとしているのに。同情のような視線が集まるのを千代は居た堪れない気持ちで感じていた。
 と。

「それはあなたが決めることじゃないわ」
 俯いていた千代の耳に鈴を転がすような声が聞こえた。えっと驚いた千代はそのまま勢田屋の娘の方を見遣る。
 人々の興味は最早佳境に差し掛かった唐助の大道芸に向いていた。拍手の中、彼女は手代の手を振り払って毬を拾おうとしそれを手代が止めるのを、千代は見つめていた。
「妖怪の贈り物など、おやめなさい」
「何を言っているの、母様もあなたも、いつの時代の生き物よ。それに私、あなたのような嘘つきは嫌いよ」
「妖怪の贈り物などおやめなさい」
 貼りつけたような笑い顔で手代は繰り返す。千代はふと違和感を覚えた。言葉にも顔にも生気がない。これは本当に生き物だろうか。
 それは女も同じく感じたようで、顔をしかめ嫌悪感を露にして男に言い放つ。
「妖怪の贈り物などって、あなたも妖怪でしょう。私、妖怪は嫌いじゃないけど自分は人だなんて嘘つくのは嫌い――」
「いけねえ、娘さんこっちへ!」
 輪の中心で芸を見せながら横目で成り行きを見守っていた唐助が叫び、衆目は全て勢田屋の手代と娘に注がれた。
「嘘をつかせているのはお前ら人間だろうが!」
 男の体が膨張し出したのはきっとその言葉を言い終わらぬうちであっただろう。唐助はとっさに割って入り、娘を足で、しかし優しく追いやった。千代も駆け出し、彼女を守るよう立ちはだかる。
 先程までの歓喜とは趣の異なる大声が辺りにこだまするのは、人に化けていた妖怪の発するあまりの悪意と臭気、何より愛嬌の欠片もない異様な姿のせいだろう。
 人の、溶けかけたような造形。溶けた箇所からは腐ったような血肉が覗き異様な臭気を放っているが、それは体のあちこちだけではなく顔がもっとも顕著であり目鼻も口も、耳すらありはしなかった。のっぺらぼうを溶かしたなら、こんな姿になるだろうか。妖怪ではあるだろうが、千代も見知らぬ姿であった。
「何だよ……」
 千代はかつて知り合った小間物屋の主人が確かに人間だったのに死した後の執念から妖怪となる姿を見たことがあった。その時は人の妖怪になる無理から起き得ることと考えていたが、彼はそもそも妖怪である。ではそういう形のものなのかと千代が判断するより早く、邪魔だと言うように、異形に飛びかかっていた唐助の体が易々と投げられた。
「唐助!」
「ああ、ようやく解けた。薬が不完全で何よりだ!」
「や、役人を呼べ!」
 はっとしたらしい観衆の声。しかしかえって騒ぎは大きくなる。千代も先程からの展開に目を回していたが人々の方が一層のようだ。逃げる人は野次馬にぶつかり、行き交う人にぶつかり、騒然としていた。
(唐助が、いや、取り敢えず、取り敢えず、お嬢さんも守らないと――)
 千代の何か言う前に、どこからか真っ黒な装束の男が現れた。恐ろしいほどに人目を引く彼は静かな、しかしよく通る声で辺りに告げる。
「役人なら、もう呼んでいる。すぐ来るそうだが係り合いになりたくないなら早く去るといい」
 途端、千代の心も静まった。
 安堵と共にため息を吐き出す。
「……藤志郎。今までどこへ」
 千代の問いに応える前に、手代であったはずの妖怪がない口で問いかけた。
「貴様か、俺をこの町より出られなくしたのは」
「はて何のこと」
「しらを切るか。町中に複雑な陣を描き出られなくしたのは貴様だろうが!」
 言われて千代は藤志郎との限りない散歩を思い返した。同じ場所をぐるぐる回ったと思えば寄り道をしたりと、あれは――。
「ははは。さて何のことか。俺と千代とはただ己のために愛の軌跡を描いただけ」
「藤志郎……」
「いや割とガチで偶然だ。やっちまった」
「マジかよ」
 藤志郎が千代だけに聞こえるよう小さくつぶやいたので思わず返したが、千代自身、藤志郎がどこまで本気かはたまた嘘か良く分っていなかった。
 この飼い主は千代の知らぬ間に事を運んだり、はたまた千代の考えること全てを見通していたりと読めないところが多分にある。
「薬さえ切れればお嬢さんを殺して出ていくつもりだったというのに――、人間は余計なことばかり!」
(――薬?)
「俺は妖怪だ」
 藤志郎の指摘には応えず、目のない顔を娘に向ける。表情のないはずなのに、そこには確かな憎悪が浮かんでいるようだった。
 嘲るように、それでいて丁寧に異形は言う。
「あんたの母親が悪いんですよお嬢さん。お上にと昵懇にするだけのために、妖怪を人に作り変える薬を使ってしまったんだから!」
「母様が……、何故……?」
「はは、勢田屋が何で代々繁盛しているのかも知らないんで――、面白い! 世間知らずもほどがある! 妖怪と人とが共存できるわけないだろう!」
 怒りとも憐れみともつかぬ叫びの裏で、遠くの方からバタバタと人の走ってくる音が、犬の耳にはよく届く。役人だろう。しかし雰囲気で感じ取ったのは彼も同じようで、よろよろ立ち上がった唐助に向かい大声で問う。千代は彼の言う「薬」とは何かが気にかかっていた。
「おいそこの唐笠! 俺のこの姿が何故できたか知っているか。人間の仕業よ。人間は共存のために妖怪を人へ作り替えようというのだ! 共存を謳いながら人を恐れる! 同胞の醜い姿をよく見よ! それでもお前は人に懸想するか!」
「……」
 唐助は悔しそうな顔で黙っている。千代はようやく事態が飲み込めた。両者共存とは言え、妖怪と人とでどちらに分があるかはわかり切っている。だからこそ知力で勝る人間は妖怪を恐れ、いざという時妖怪を御す方法を考え、偽りの共存を作り出そうとしたのだろう。きっとそれに勢田屋が関わっていて、この異形は試験薬の実験台とされた。
「人間は恨むべき相手だ! そこの娘は俺が殺す! 人間が妖怪にしたことを俺が返してやる!」
 妖怪、人、人になること。薬を用いて人を目指すこと。
(してるのは、私と同じことだ)
 千代の小さな心臓は早鐘のように打っていた。
 唐助は黙ったまま、それでも勢田屋の娘を背に庇っている。あれだけいた観衆は皆逃げだして、大通りには彼らしかいなかった。
「しますよ。あんた随分、馬鹿馬鹿しいことにこだわってら」
「何だと!」
「ぎゃっ」
「やめろ!」
 静かな唐助の答えに逆上した異形が千代をその腹ごと蹴り飛ばし、娘に掴みかかろうとした刹那。目眩ましのような煙が立ち上る。
 そこには先程までいなかったはずの青年が現れて、千代も娘もしっかり背中に庇っていた。藤志郎が口の端を上げる。
「案外遅かったな」
「ははは。これ、あくまで『お守り』だったんで――」
 いきなり現れた男からは唐助の声がする。千代の意識はそこで途切れた。
「話聞いてりゃ勢田屋の女将とお上が性悪ってだけじゃねえか。お上の腐りっぷりなんかただの番傘だったころからよくよく分ってら! 女将も案外妖怪が人に化けてるのかもしれねえぜ。……無論あんたにゃよくよく同情する、しかし女将を恨むならよし、人を恨んでお嬢さんを殺すだなんてとんだお門違いだ」
「お前!」
「形が妖怪だろうが人だろうが些細なことよ、馬鹿馬鹿しいことよ! それが故の両者共存だろう! そもそも俺は、雨だろうが風だろうがにっこり笑って俺を見てくれる、このお嬢さんの魂に惚れ込んだんだ!」
「同胞の痛みも知らぬ裏切り者が!」
 ピィーと甲高い呼び笛の鳴ったのは、溶けた異形のまさに唐助に襲い掛からんとした時であり、その音の鳴った途端藤志郎の目の前で奇妙なことが起きた。
 異形のどろどろに溶けた顔面は果たして収束し、もとの美しい手代の姿へと戻って行く。次に手、次に足、最後には表情。
 音の鳴り終わったその時で、やがて彼は元の貼り付けたような笑顔となった。
「皆様、お騒がせいたしました」
 まるで何事もなかったかのような、穏やかな声が響いた。
 そして丁寧な仕草でお辞儀をすると彼は踵を返しその場を去る。
 ぽかんとしている唐助と娘、その眼前へ入れ替わりに現れたのは先日藤志郎に職の有無を聞いた役人であった。
「ああ、先日ぶりではないか。今日は犬ころはいないのか?」
 役人は天気でも聞くように問いかける。手には笛が握られている。呼び笛がかの異形を、手代を人に戻したのは明らかであった。
 薬と笛との関係を、藤志郎はすぐ理解したようだった。
「……。この町では妖怪に怪しげな薬を飲ませ、臣従させるのがしきたりか」
「はて妖怪、はて薬。ここに見える妖怪はお前だけだろう」
 役人は空とぼけて、高い秋空を見上げる。唐助の見目は今や人。千代は後ろで伸びている。
 藤志郎は役人を真っすぐに見据えた。
「職務に真面目な人間のように見えると千代は褒めていた。しかし職に就くというのも考えものだな」
「……無職と違ってな、『飲ま』ねばならんのは薬だけではないのよ。さ、無職の風来坊は早く町を離れろ」
「俺は偽りが何より嫌いだ。しかし自らの意志で人と偽るならそれもよかろうと思った。……お前は体の自由な身でありながら、自らの意志と反して偽りを続けるのか」
 藤志郎は嫌味ではなく芯から問うように、役人の目を見据え続けた。
 役人は一度も藤志郎の視線にも質問にも返すことなく、ただため息だけを吐くと座り込んでいる娘の前でしゃがみ込む。
「勢田屋のおみつさんだな、店まで送ろう」
「あ、俺が――」
 唐助は目の前で起きたことに呆然としていたが、とかくも名乗り出、それを役人が首を振って制した。
「俺はこの町に生れてこの方、お前の大道芸を見て育っている。何も見なかったことにしてくれないか。勢田屋にも近づかないでくれ。俺はお前の薬漬けを見たくはない」
「……」
「助けたかったか? 分かるがあれにはもう魂がない。人でも妖怪でもないものだ。次に薬が切れたならまた我らが『正常』に戻さなければならない」
 役人の言葉は唐助というより、おみつに向けられているようだった。
 おみつは気丈にも立ち上がると、地面に転がっていた真っ赤な毬を拾い土を払う。先ほど唐助がおみつの方に向けて放ったものであった。
「皆、嘘つきばかりなのね」
「お嬢さん……」
 秋風の中で静かに呟いた。
「いつかまた唐助さんと会える日まで、この毬は預けてちょうだいね」

 住まいを探して転々とし、ここへ職をも求めに来たはずの一人と一匹ではあったが町の秘密を知っては長くはいられない。
 秋風吹く中彼らはやむを得ず町を出立することにした。ごたついて町の警備が手薄な今がチャンスだ。彼らはそっと町から離れ今や街道を行く宛てもなく歩いている。
「……」
 千代はちらちらと藤志郎を見上げながら、謝るチャンスを窺っていた。藤志郎は気づいているのかいないのか、無言でただ街道を歩いている。
「な、あの、藤志郎。あのな――」
「おうい、おうい、お二人さん」
 千代がそこまで言いかけた時、遠くからここ数日ですっかりなじみになった声が響いてくる。千代がくんと鼻を鳴らせばすぐに彼が一本足で駆けてくる様子が分かった。藤志郎は少しばかり驚いたようだったがやがて得心したように頷いた。
 一人と一匹は立ち止りくるりと振り向く。一本足に下駄だというのに随分足の早い唐助は彼らに追いつき一つ目を細めた。
 藤志郎が問う。
「もうあの町は良いのか。随分長くいたのだろう」
「ははは。俺はもともと大道芸人。色んな町を見て回りたいんです」
 笑ってごまかしてこそいるが、唐助があの町にいられなくなったというのは想像に難くなかった。町や薬の秘密を知っては仕方ないだろう。
 一人と二匹、連れ立って街道を行く。何とも楽しい仲間ができたなと思う千代に、藤志郎が質問を投げかけた。
「そう言えば千代、先ほど何か言いかけたか」
「えっ」
 千代は思わず言葉を失う。唐助も不思議そうにこちらを見つめていた。少し言い淀んだが、千代は大きく息を吸うと一気に吐き出した。
「藤志郎。本当にごめん。私、二人がうまくいく手助けができればと思って」
「……」
「勝手だった。申し訳ない」
 唐助に丸薬を半分あげたのは千代だったが、それを藤志郎に言わずにやったのだ。あの薬はもともと千代のためのもので、それを勝手にしてしまったことになる。
 顔も見ずそう一気に言い切ってから、千代はちらと片目を開ける。藤志郎は黙り込んでいる。怒っているのかもしれない。
「……愛らしい」
「……ん?」
 予想外の言葉が出てきて千代は思わず両眼を開き藤志郎をまっすぐ見据えた。そしてすぐ後悔した。
「犬の怯え様子を窺う様の愛くるしさよ! いや無論、こちらから無理には強いまい、強いまいよ、しかしそれでも! 小さくなり尾を仕舞う姿はなんといじらしいことであろうか!」
(もうマジでこいつ嫌だ)
 予想はしていたが藤志郎は恍惚としている。唐助は呆然としている。そりゃあそうだ。次の町の間までに慣れてもらうしかない。それでもあえて千代が口に出して何も言わないのは自分も悪いことをしたと分っているからだった。
 やがて十二分に満足したらしい藤志郎はコホンと一つ咳払いをした。
「俺はそもそも千代が丸薬を一粒飲んでいないのを知っていた。半分に割ったのだろう」
「えっ」
「一粒でああも早く効果が切れるわけあるまい。あえて止めなかったのは千代に悪気がないと知っていたまで」
 何でもないことのように藤志郎は言う。千代は秋空にも似た真っ青な目を丸くする。
 同じく驚いている唐助に振り向いて藤志郎は続けた。
「それに唐助なら決して薬に『飲まれぬ』だろうと踏んでいたからよ」
「ああ、あ、そりゃあ買い被りですねえ」
 呆然としていた唐助はすぐに復帰すると、ぺろりと舌を出し、照れたように笑う。
(……)
 唐助はそのまま、町の顛末などを話し始めた。ゆっくりとした歩幅で彼らは行く。
 千代は頭上の二人の会話に交じれなかった。気絶した後のことを何も知らないからではない。ただ、言葉が出なかった。
 ――妖怪と人とが共存できるわけないだろう!
 妖怪、人、人になること。薬を用いて人を目指すこと。
 人になりたいと願うこと、妖怪でいたいということ。
 肌寒い風が一人と二匹の傍を通り抜けていった。

(C) 2011-2025 Eri Uchimiya

    bottom of page