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言珠

 言霊なんて言うけれど、Yちゃんの場合は本当に言葉が宝石の珠になってしまうらしい。それも強い感情が揺れ動いたときが顕著なのだそうだ。
「ごめんね」
「何が?」
 もうそろそろ十二月。私は着の身着のままのYちゃんの手を引きながら、夜の道を歩いていく。寒い夜に好んで出掛ける物好きもないのか、まばらな街灯の下は私とYちゃんしかいなかった。Yちゃんはぼろぼろ泣きながら、そして口からは青い宝石の珠と桃色の宝石の珠を吐き出しながらただごめんねとありがとうを繰り返している。
「ありがとう、ありがとう」
 からんからんと、アスファルトに宝石の落ちていく音がする。振り返らない。宝石なんて要らないからだ。遠くで喜声が上がっているが、拾わば拾えとしか思わなかった。
 Yちゃんの体質は幼稚園頃には現れていたように思う。その頃から一緒だったから知っている。ご両親は初めYちゃんの体質を邪険にして入院させるかどこかに預けるかしようとしたらしい。病院に連れて行けば珍しい体質として預かってくれるのではないかと思ったのかもしれない。しかしお医者様が「Yちゃんが不調を感じていないなら、個性ととらえましょう」と言ったことでその目論見が外れてしまった。ちょっぴり行き違いもあった。優しいお医者様はきっと、Yちゃんのご両親はYちゃんを心配しているのだと性善説をとっていたのだろう。
 でも、元々性善説の当てはまらないご両親だった。だから入院計画を失敗してしまったYちゃんのご両親は覚悟を決めて仕事を辞め、そして寄り添うでもなくただYちゃんの吐き出す宝石を売って暮らすようになった。とは言え宝石を売ることそれ自体はYちゃんも何故だか納得していたのだが、問題はYちゃんのご両親が人を喜ばせるより悲しませる方が得意なことだった。
「Yちゃんは騙されやすすぎるよ。もし私が悪いやつだったらどうするの」
 真っ暗な夜道。あてどもなく歩いているだけなのに、私を信じてついてくるYちゃんが少し不憫で、振り返らないまま立ち止まって息を吐いた。もくもくと真っ白になってすぐ消えた。
 実際、そうなのだ。このところ中学に来なくなったYちゃんが心配で、こっそり家の裏手に回って覗いたら、ご両親にめちゃめちゃに叩かれて泣いているYちゃんがいたのだ。悲しい宝石を吐くYちゃん、そして大喜びのご両親を見て、もう居てもたってもいられなかった。
「え、Mちゃん?!」
 ご両親と面識はあったから驚かれたけど。Yちゃんのご両親は、Yちゃん以外には甘いのだ。だから油断した瞬間を狙って窓ガラスを割って、泥棒みたいにして入り込んで、ご両親をめちゃくちゃに叩いて、二人が驚きっぱなしのところをかっさらってきてしまって、今に至る。
 いくら窓ガラスを割りたい年頃とは言え、自分の両親にも、Yちゃんのご両親にもとんでもなく怒られるだろう。受験前だってのに、うちに警察が来るかもしれない。キブツハソン。フホウシンニュウ? なんて悪いやつ。
(それに……)
「ううん。それでもいいの、Mちゃんが悪者でもいいの」
 繋いだ手をぎゅっと握られて私は振り返る。からんと宝石が落ちる。街灯の下で見るYちゃんは一瞬はっとするほどきれいだった。
「今日だけでも、今だけでも、あそこから連れ出してくれたのが嬉しかったの。ごめんね、ありがとう。大好きだよ、一生の親友だよ」
 からんからんからん、とアスファルトに宝石がこぼれる。きっと本当に、親友だと思ってくれているのだ。だから宝石が落ちる。だからこそ、私も一縷の望みをかけて、それでいてさりげなく言ってみた。
「私も、Yちゃんのことが好きだよ」
「ありがとう、うれしい」
 今度は言葉が返ってきただけで、宝石はこぼれなかった。
(……)
 いいや、宝石なんかがほしかったんじゃないんだ。幼い頃からずっとほしかったのは、そんなのじゃない。
  ――今回こうやってYちゃんを助けたのは、そうしたらYちゃんの特別になれるんじゃないかという打算もあったから。
 でも、Yちゃんの特別と私の特別は違ったみたい。宝石が零れてこないもの。全く、Yちゃんが苦しんでいるのに私はそんな打算ばっかりで、本当に。
(ああ、馬鹿だな)
 不良、悪いやつ、最低だ。窓ガラスも壊すし好きな人も騙す。Yちゃんが連れ戻されたらもっとひどい目に遭うかもしれないのに、本当に。
「寒いね、急ごう」
「ありがとう」
「そんな何度もいいんだよ」
 宝石が落ちる度切なくなるから。 
 月が綺麗だったが、そのことはYちゃんに言わないまま、私は歩を進める。……あーあ。どこに行くんだろう、私。
(Yちゃん、ごめんね)
「Mちゃん、ありがとう」
 Yちゃんの「ありがとう」とからんからんは、冬の夜の道にいつまでも響いていた。

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