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​躑躅

 葉を覆い隠すほどに咲き溢れた躑躅(つつじ)の小路に、一匹の紋白蝶があった。 
 紋白蝶はある雨の日に躑躅の花の下へ宿を借りに来た若い雄で、しかしその割には雨が止もうとこの躑躅の小路を離れないのだった。
 初めは見知らぬ客人によそよそしかった濃紅色の花達も、少しすれば彼の存在を受け入れ始めていた。
「あのう」
 ある日、ひとつの躑躅の花は紋白蝶に声をかけた。その花は、紋白蝶にもっとも多く蜜を与えまたもっとも色濃く咲いていた。
「あなたは、つがいをお探しにならないのですか」
 くすくすと、好奇心旺盛な濃緑の葉が笑う。
 紋白蝶はよほどに大きな瞳をいっそう大きくし、やがて苦笑した様子であった。
「私は、騒がしくお転婆な蝶の雌は好かんのです。あなたのように甘い蜜も与えてくれない」
「しかし、いつまでもそうしていられないでしょう」
 躑躅の花はついお節介心で言ってしまってから、心の奥底に少しばかりの寂寥を覚えた。事実、日々彼の美しく白い翅を間近で見られるのは躑躅にとって幸せなことでもあった。
 今、言うべきではなかったかもしれない。
 いずれ訪れる別れを急かすような、好奇心での問いかけを躑躅は悔いたが、謝罪も言い出せぬままにそっと黙りこむ。お喋り好きな葉達はざわつきながら、行く末を見守っている。
「ああ確かに、いつまでも幸せばかりに浸ってはいられない」
 紋白蝶は寂寥さえ見透かすような大きな目でじっと躑躅の花を見つめ、やがてその細長い口を伸ばして彼女の蜜を味わった。躑躅の花は彼を受け入れながら、次の言葉を待つ。
「幸せばかりに浸ってはいられない。だからこそ私は、最期の時までここにいたのですよ」
 紋白蝶の白い翅は少しずつ紅みを帯びていき、やがて躑躅のもっともよく知る色へと染まっていった。 
「ありがとう躑躅の花。私はもう空へ上らねばならない」
 翅を濃紅色に染め上げた蝶は、青空へと舞い上る。
 彼が上ってから恋を知った躑躅の花はやがて色を失い、その真白な花弁をいつまでも空に向けていた。

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