憧憬は麻薬にも似た
――おかしくないか。
大学時代の友人は、徹を隣町の喫茶店に呼び出すなりそう告げた。
「何が」
「お前が」
「俺か」
英二の外見のことを言われるのだとばかり思っていた徹は、予想外の言葉を浴びせられ、かぶっていた冷静の仮面を取り落とす。
友人の言わんとすることがいまいち掴めずに考えていると、しびれを切らしたようにして告げられた。
「言っちゃあ何だが、演劇にそう興味のないお前が――」
「ひどいな」
「悪い。言い方を変えるが、ただミーハーを拗らせただけのお前が、英二くんに演劇をさせようとする理由が分からない」
「本人の希望だ」
明け透けに伝えてくる友人は何もかも見透かしているようでもあった。
希望したのは確かに英二本人であるが、そこに至るまでの手ほどきをしたのが自分であるだけに、徹は動揺した。
「お前さ。ちゃんと角山英二本人を見てるか?」
「見てるよ」
「いやお前が見てるのは上っ面だけだ。それこそ演技だけだぞ」
「演技の才能を見抜けたのは良いことだろう」
「ああ確かにいい役者だ、うちみたいなアマチュア劇団にはもったいない。本人も楽しそうだし卒なくこなしている」
だがな、と幾分芝居がかった間を持たせながらやがて彼は「どこかに嘘がある」と断言する。
真面目くさった表情がどこかおかしく、徹は噴出した。
「何だそんなことか」
「おい」
「誰だって生きている上で嘘くらいつくだろう」
「いや、そういうんじゃない、あれは――」
「誰だって真正直ではいられない。多少の嘘や演技は生きていくうえで必要になる」
それに、と徹は珈琲を置きながら友人を見据える。いつも言いたいことを言って、真っすぐで、演劇に対しても人一倍情熱を燃やして、ただその正直さがどうしてもぬぐい切れず俳優としては大成できなかった友人。
「『どこかに嘘がある』のを分かって俺はバイトを採用した。お前も、それが分かっていて役者として起用したんだろ」
「……」
「もちろん、俺から角山君に辞めるよう伝えることはできるが――」
「いや、それは困る。あの役者はほしい。ただ、俺は仲間である以上嘘はついてほしくないし演じてほしくない。嘘は嫌いなんだ」
よく役者がやれているな、と喉まで出かかった言葉を飲み下して徹は笑う。
腹を割って話さない限り、こいつは納得しないのだろう。
(――あ)
何故偶然思い出したかは分からないが、徹の脳裏にいつか英二の持っていた一枚の写真がふいに蘇った。「奥さん」だと言っていた彼女。
気づいた途端、背筋に寒いものが走った。
そのはずだったが、徹の表情に浮かんだのは恐怖ではなかった。
「何ニヤニヤしてんだ」
「いや、何でもない。俺はやっぱりミーハーを拗らせているらしい」
今まで、一瞬だけ頭を掠めては「そんな芝居のようなこと」と打ち消し、また同時に、そうであればどれだけ良いだろうと、そして丸山栄はどれほど素晴らしい役者なのだろうと思っていた筋書きが徹には妙に本当らしく思われてきた。
徹は空になったカップを見つめながら友人に告げた。
「嘘の中身を伝えるよう言ってもいいが、それで劇団を辞めることになっても恨むなよ」
「その時は俺が改めてスカウトする」
「……そうか」
こいつならやりかねないなと徹は心の内で笑った。