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脚本屋

 

 

 黄金色の光が部屋に満ち、すぐさま収束した。
 こつりと小さな音を立てて、透明なテーブルの上に黄色く透き通った石が落ちてくる。この輝きも、十年の間にずいぶん見慣れてしまった。
 黄金色の光が発せられた場所には、白い球体がふわふわと浮かんでいるばかり。輝きを剥奪された魂だ。
 魂から輝きを剥奪した本人は興味なさそうに石をテーブルの脇へと寄せ、先ほどまで黄金色を放っていた魂の方を見遣る。
「迎えは明日?」
 魂にではなく、後ろに立っている人物への問いかけ。
「そうだよ」
 ソファの後ろに立っていた人物はうなずいて肯定した。言葉少ななことに気づいたのか、彼女はくるりと振り返る。
「なに、自分が成仏するときのことでも考えてたの?」
 黒のショートカットに、少し目つきの鋭い黒の瞳。しかしその奥にはまだあどけなさも感じられる。年の頃を例えるなら十八くらいだろうか。
「いや別にそういう訳じゃないけどー……でも何かこれ見てると、俺京(けい)には頼みたくないわーって」
 彼の言葉に、京は残念そうな表情を浮かべる。
「せっかく敏秋のために、面白い脚本いっぱい考えてたのに」
「たとえばどんな?」
「願いを言ってみてよ」
 答えではなく、含みのある笑顔を京は返した。敏秋は斜め上を見やりながら考える。
 出てきたのは普遍的な願い。
「あ、お金がほしい」
「お金を伴侶にしてあげよう」
「やだそれ。モテたい」
「痴情がもつれて女性不信」
「……スポーツ選手」
「仲間と不和で早期引退」
「有名俳優……」
「スキャンダルばかり巻き起こす」
「超能力は?」
「学者に負ける」
「……散々だね」
 願いをすべて蹴散らした京に、敏秋は苦笑した。
「素直に叶えてどうすんのよ。ここ、地獄直営店なんだし」
「それもそうか」 
 来世を控えた魂が、必ず通る道の傍。そこには願いを一つ必ず叶え、来世の人生を手伝う店、「脚本屋」が建っている。
 外観は少々古ぼけてはいるが客足もそう少なくなく、中には二人、店主と店員が住んでいる。それぞれの名は京そして敏秋。
 経営しているのは地獄であるから、「人生を手伝う」などというのはもちろん聞こえのいいただの建前。本質は、死してなお欲を持つ業の深い魂に罰を与える裁きの店。
「さっきの魂にはどんなの書いたの?」
「富豪になりたいって言うから、ちゃんと叶えてあげたよ」
 敏秋に背を向けたままの返事。
 淡々とした口調で、人生の顛末を店主は告げる。
「まぁ人格破綻して友達も彼女もできないまま孤独死するけど」
「うわぁ……」
 この店で得られるのは、願いの叶う脚本。
 しかしその代わりに依頼した魂は「自らの意志」を放棄し、脚本屋の主人、京の書く「脚本」の通りに来世を過ごさなければならない。
「自由にやりたきゃ脚本頼まなきゃいいんだし」
 京の書く脚本は、人生という舞台を演じるためのもの。
 魂たちは皆役者で、台詞一つにしても、脚本から外れた内容の公演は許されない。人生がすべて「脚本」に縛られ、自由は決して与えられないのだ。
「あ」
 来客を告げるベルに、京が顔を上げた。
 ちらりと敏秋に視線をくれる。目が代わりに出ろと告げていた。
「口で言え口で」
 のろのろと動きだし、敏秋は玄関へと向かう。
 果たして今度はどのような願いを持った魂が来たのだろう。そんなことを考えながら、敏秋は店へと続く扉を開ける。
(それにしても、意地の悪そうな目をして)
 がちゃりとドアを後ろ手で閉め、敏秋は長い黒髪をかき上げた。ぎしりと軋む廊下。足早に歩きながら、思い返されるのは昔の京。
 今よりずっと髪が長く、今よりずっと顔も幼く、今よりずっと口数も少なかった。
 あれから京はずいぶん変わった。ここを訪れる魂の影響だろう。
(……)
 その変化は、敏秋にどうこうできるものではない。どうにかしたいと思わないわけではないが、もとより干渉を嫌う性格の上、立場もある。
 自分はここで、京の手伝いをするだけ。そう定められていた。
(脚本通りの人生って)
 生きている本人は、どんな感じがするのだろう。「生きている」と思えるのだろうか。少なくとも、京の脚本の上で生きていなくてよかったと、敏秋は心の奥で思った。

 

 のれんを手で押しわけ、店先へと出る。黒い瞳に映った意外な客に、思わず敏秋は目を見開いた。
(紫色……)
 驚きすぎて、敏秋は口をぽかんと開けたまま立ち止まる。それほどに珍しい色の客。目をしばたたかせ、夢でないと確認する。
(何でこんなところに)
 魂の持つ色は、パーソナリティを表すもの。紫なんてここ十年見かけていない。一般に高尚な魂が持つといわれる色だ。
 通常であれば、こんな脚本屋などに用事などないはずの色。死してまで欲を持ち続けるはずがない。敏秋が驚いたまま突っ立っていると、魂の方からゆっくりと近寄ってきた。
「すいません、魂でも読める本が置いてあるっていうのはここですか?」
「……本……?」
 何のことだろう。ここは本屋じゃない。「脚」のついた脚本屋だ。
 眉根を寄せた敏秋の姿を認めると、魂はまるではしゃぐかのように飛び回る。
「わわわ、幽霊だ! 生幽霊! 超透けてる! え、あれですか、幽霊が独りで住んでてリアルゴーストライターですか?」
「り、りあるごーすと……え?」
 わけがわからない、という顔をする敏秋をよそに、魂は忙しく上へ下へと動き回る。
 ふふふ、という笑い声の後、一気に声が爆発した。
「いいですねいいですね、時代に取り残されて自分が死んだこともわからないゴーストが一人で本を書いているって超いいじゃないですか!」
「いや、俺以外も住んでるし俺死んだこと知ってるし時代に取り残されるって何、さりげなく俺年寄り扱いされ」
「マジですか? 男女同棲ですか!」
「あ、うん、まぁ……そうだね」
「男女同棲! おいしいシチュエーションですありがとうございますっ!」
「さっきまでのシリアスな雰囲気を返してほしいんだけどっていうか何事なの」
 いきなり詰め寄ってくる魂に、対応も分からないまま敏秋は一歩後ずさる。
「やっぱりこう同棲ならではのどきどきシチュエーションとかあったり……」
「ないないないないない! そんなことしたら俺生きてられないから!」
「死んでますけどね! うわー! ここにきてまでそんな親父ギャグ聞くと思わなかったー!」
「……親父……」
 悲しい言葉から何とか立ち直ると、話を本筋に修正する。
「あのさ、依頼人さんだよね? ここに依頼しにきたんだよね、散歩途中とかじゃないよね?」
「あ、いや、本読みたいんです」
 繰り返されたのは初めと同じ言葉。圧倒されかけていた気持ちを正し、敏秋は引き締めた。
 おそらく、ただの迷い魂なのだろう。特に欲がないのであれば、脚本を書かれてしまう前に帰ってもらった方がいい。そう判断し、諭すような口調で敏秋は告げる。
「えーと、うちは本屋じゃないんだ。だから別に本もないの、ここ、脚本屋って言って」
「あ、普通の本じゃなくて脚本なんですか、でもお話なんですよね、読みたいです!」
「いや、読ませるための店じゃなくて」
 引き下がろうとしないどころか、だんだんとこちらに迫ってくる紫の魂。徐々に続けるべき言葉を失っていく。
「でもあるんですよね? じゃあ読ませてください! 特別に! お願いします!」
「いやいやいやいや、だめ、だめだってば、そういう店じゃないから! あのね」
 全く話を聞いてくれそうにない様子。そして今まで相手にしたことのないタイプの客に、敏秋は頭痛さえ感じてきた。
「……何やってんの?」
 敏秋の後ろから聞こえたのは冷めた声。京のものだと気づくと同時に助けを求める。
「京ー! 助けて!」
「は? 何が?」
 京は顔をしかめながら魂の方に目をやり、敏秋と同じように大きく目を見開いた。黙ってしまった京に、魂はふわふわと近寄っていく。
「こんにちはー、ここの店長さんですか?」
「まぁ、一応店主ではあるけど……。あー、依頼しにきたんでしょ? とにかく入りなよ、こっち」
「ありがとうございますー!」
 京と魂は店の奥へと入っていき、敏秋だけがその場に残される。二人の姿を見送った後、ふとあることに気づいた。
「……あ」
 助けを求めたのは間違いだった。圧倒されていたから忘れていたが、帰ってもらおうとしていたのだった。
(何だあれ)
 高尚な色の魂って大体あんな感じなんだろうか。そんな予想を振り払い、敏秋は一度息をつく。
(一回もなかったケースだけど)
 果たしてどうなるのかという不安を抱えながら、二人の後を追って店の中へと入っていった。

 応接室にたどり着き、敏秋と京はソファに腰を下ろす。紫の魂はここにある物が珍しいのか、ふわふわとあちこちを漂っている。
 どうやら興味津々なようなので自由にさせ、京は面倒くさそうに呼びかけた。
「で、願いは何?」
「願い……ですか?」
 互いに理解ができなかったのか、しばらく沈黙の時間が続く。
「京、実はこの子、間違えて入ってきちゃった魂らしくて」
「あ! でも願い、ありますよ!」
 敏秋の言葉を遮り、魂は勢いよく京の眼前まで迫ってくる。
「本! 本読ませてください! ここにあるんですよね?」
「……ここにある……って、脚本のこと?」
「はい!」
 京は敏秋に助けと説明を求める視線を送る。敏秋は小さくため息をついた。
「……口で言え口で。あのね、ここ別に図書館でも本屋でもないんだ」
「聞きました」
「お店なんだよ。来世で叶えたい願いを教えてくれたら、その願いが叶う脚本をこの、京が書いてくれる」
 敏秋は京の方を指さす。
「願いが叶う脚本?」
 いまいち理解ができなかったのか、魂はふわりと上昇して旋回する。
「んー、そうだね……例えば『お金持ちになりたい』って願いを教えてくれたら、その通りお金持ちになる人生の脚本を京が書いてくれる」
「その代わり、私の書く脚本通りに人生を過ごさなきゃいけない。人生の中に一切『自分の意志』というものが存在しない」
 京は敏秋に代わって続けると、ガラステーブルの上から黄色く透き通った石をつまみ上げた。
 石を魂に見せながら言う。
「いらなくなった『意志』はこうして店側がもらってる。お客さんは願いの叶う人生を、こちらは人の意志を手に入れて、契約が完了する」
「なるほど……」
 業務内容はだいたい把握できたらしく、魂はゆっくりと下降してきた。
「自分の意志で自由に生きる人生か、願いの叶う脚本通りの人生か……ですか」
 逡巡するように、くるくると回る。途中でぴたりと止まると、再び京の眼前へと迫ってきた。 
「それ面白そうですね! 京さん、私にも何か書いてください!」
(おバカああああああああああああ!)
 『面白そう』だけで一大決心をしたらしい魂に、敏秋は心の中で絶叫した。
(ここ罰与える店なんだからやめておきなさい! 悪いことはいわないから!)
 敏秋が内心でそう叫ぶ傍らで、京も少し戸惑っているようだった。
 少しばかり気圧されながら、うなずいて問いかける。
「……いいけど……、願いは何?」
「願い……んー、特にないですけど、でも、何でもいいので書いてください!」
「あのさ、あんた意味分かってるの?」
(そうだがんばれ、そうやって向こうに断ってもらいなさい)
 京が自分から断らないのは「書いてください」と依頼された以上断ってはいけないというお達しがあるからだ。
 そして敏秋が心の声で叫んでいるのは、業務に口出しできないからだった。
(……)
 ここは地獄の直営店で、強欲な者に罰を与える店である。罰を受けに来た者を追い返せば、今度はこちらが罰を受けてしまう。そして京はここの責任者で、敏秋は雑用という役回り。
 何にせよ追い返せないので自主的に帰ってもらおうと京が説明しているものの、魂は聞き飽きたというように言葉を返す。
「分かってますよー。物語の主人公になれるってことですよね?」
「……えーと、うーん」
 どう言ったものかと、敏秋は考え込む。
(願いを持ってくれてたら楽なんだけどなあ)
 この紫の魂は、自分の願いを叶えるために脚本を望んでいるわけではない。ただ「脚本」に惹かれているだけだ。
(罰を与えられる要素がないよなあ、その場合)
 ここ十年、こんな魂が来たことはなかった。どうしたものかと悩む敏秋をよそに、魂は興奮した様子で喋り続ける。
「あ、物語じゃなくて舞台でしたね。でも私の為に充て書きしてくれるなんて素敵じゃないですか!」
「その為に来世を棒に振れるんだね?」
 詰問するように、少々強めの口調で敏秋は言う。遠回しに、断ってほしいといっているようなものだった。本来なら、ここまで言うのもぎりぎりである。
 だが全く気にしないそぶりで、魂は上へ下へと飛び回る。
「面白そうじゃないですか! 私、もともと本を読むのが大好きで……物語の主人公になれるなら願ってもない話ですよ!」
「……そう。ついてきて」
 黙っていた京が口を開いた。
「最初にあんた、『脚本読みたい』って言ったよね? 確かにここには脚本のコピーが置いてある、特別に読ませてあげるよ」
「本当ですか!」
(なるほど)
 だいたいが悲惨な結末になる京の脚本を読めば、この紫の魂もきっと諦めてくれることだろう。
 ほっと胸をなで下ろしながら、敏秋は二人の後をついて行くことにした。

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